大判例

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福岡地方裁判所 昭和23年(レ)49号 判決

両控訴代理人及び控訴人松島庵、西山良夫はいずれも原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

而して当事者双方の事実上の主張は白川控訴代理人において、借家法第一條は家屋の賃貸借はその登記がなくとも、その後建物に物権を取得したものにもその効力を生ずる旨規定して、資力ある者が賃借人の居住する家屋の所有権を得て賃借人の追立をすることからこれを保護している、この立法の趣旨から考えて賃貸借の対象となつている家屋の買收者は該家屋の明渡等に関しては前所有者(原賃貸人)の有する権利以上のものを收得することは許されないものと解しなくてはならない、從つて同法第一條の二のいわゆる解約の制限に関しても、前所有者以上の新権限を取得することは許されないものと信ずる、それで被控訴人国は自ら使用する必要を感じて本件家屋(アパート)の買收をしたものであつても前所有者は該家屋を賃貸借の目的で建設しアパート業を営んでいたものであるから、被控訴人が突如これを買受け自ら使用する必要ありと主張しても直ちに明渡を求める正当の事由ありとしてその明渡の請求を許さるべきではない。若し然らずしてこれが明渡請求を許容せらるるものとすれば家屋を買收する資金を有する者はその資力を投じて人の賃貸せる家屋を買收して自ら使用する必要ありと主張して何時にても賃貸借契約を解約し又はその賃貸借期間の更新を拒んでこれが明渡を求め得ることとなつて賃貸人に住居の安定を得させんとする借家法の精神は全く有名無実に帰する結果となるであろう、而も借家法を制定した国自身が、借家目的で建設されたアパートをこれに多数の国民が居住していることを知りながら国民より徴收した税收入金を以て買收してその明渡を求めるが如きは民法第一條の明定する私権は公共の福祉に遵うとの大精神に違反するものであり又同條の信義誠実の原則にも反するものであると同時に明に権利の濫用であつて、断じて許さるべきものでわない、そもそも日本国憲法第二十五條は国民の生存権及び国の社会的使命に関して、すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する国はすべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないことを嚴かに規定して国自身がすべての国民の生存権の維持、発展のため社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上増進に努めなければならない憲法上の義務を課せられているのである。現下のわが国々民生活の状態は敗戦後四年漸くにして最低限度の食糧の希望を得るに至り、衣料も亦最近漸くその困難の度を軽くして來たけれども国民生活の三大要素すなわち、衣食住の中、住のみは依然として殆んど改善の見るべきものがなく現に六百六十万戸(一戸三人住として二千万人全国民の二五%)の住宅が未だ不足していることは公知の事実であつて、住宅建設助成融資の法案が最近国会に提出されんとしている程度のものである、本件控訴人等は殆んど全部が戦災者か又は引揚者であつて、住むべき一坪の建物も有せず又建設すべき寸厘の貯もない人々で天下に雨露を凌くべき僅かに四疊半若しくは六疊の本件借室が本件の家屋である。このことを承知の上で国はこれに対し何等の保障するところなくして国の一部の業務に從事する者の便宜の爲のみに本件家屋を買收して控訴人等を雨露に曝さんとするものであり明に前記憲法の規定をじゆりんするものである控訴人等はあらゆる手を盡して相共に又は個々に移轉先を探し出すことに努力して來ているけれどもその目的を達し得ないでいる。以上述ぶるような理由によつて被控訴人の本訴請求は失当で棄却せらるべきものであると述べた外は原判決の当該事実摘示と同一(但し判決書三枚裏七行目の主張の如きアパートの次に「を買受けたこと被告等が該アパート」の文句が脱漏しているものと認める)であるからここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人国がその地方官廳である福岡中央電信局(現在福岡電報局)の從業員に住宅を與える爲、昭和二十二年六月十九日訴外木村賢三からその所有に係る福岡市黒金町六十一、六十二番地上黒金荘アパート(木造瓦茸二階建地下室付建坪九十二坪二合五勺外二階九十坪、地下室九十坪)を買收してその所有権を取得したことこれに先ち控訴人等が予て右木村からそれぞれ同アパート中原判決書添付の別紙目録の控訴人各名下に記載の室を期間を定めず、賃料一ケ月六疊の分は金三十円、四疊半の分は金二十三円の約で賃借していた爲被控訴人がこの賃貸借を承継したこと及び被控訴人がその後同年七月末までに自らこれを使用することを理由として、控訴人等に対してそれぞれその所有する室の明渡を請求したことはいずれも当事者間に爭がない。而して期間の定めのない賃貸借において、賃貸人が自ら目的物を使用することを理由として、賃貸人に対しその明渡を求める意思表示は別段の事情のない限り賃貸借契約の解約申入と解するを相当とするところ、本件においてこの推定を覆すに足る事情を認むべき何等の資料も存しないから、被控訴人の右明渡請求はこれを本件賃貸借契約の解約申入と解すべきである。

よつて右解約申入の当否について審究するに被控訴人が右の如く本件賃貸借契約の解約申入を爲すに至つたのは原審並びに当審証人秋山正孝、原審証人安河内敏雄及び当審証人浅尾繁一の各証言を綜合すれば、前記福岡中央電信局は西日本の通信中樞機関として重要な業務を担当しており、占領軍とも常に接触する官廳であるが、業務の性質上從業員として特殊の技能を有する者を必要とし、從つて廣く各地からこれを採用しなければその要員を充足することができない、ところが福岡市附近に他に適当な住宅がない爲所要の人員を確保することが困難であつて又現に從業員中の者も遠隔の地から通勤する者の多い結果その能率の減退すること甚だしく業務の運営に多大の支障を來している現状にあるのでやむなく本件アパートを買收し、これを從業員の住宅として使用し以て業務の円滑な遂行を図ろうとするにあることが認められる。それでかゝる事実の存する以上被控訴人としては控訴人等に対し本件各賃貸借契約の解約申入を爲すのは洵にやむを得ない措置といわねばならない、これに対しては賃貸人たる控訴人等の立場も、もとより考慮せられねばならない。すなわち被控訴人の解約申入により本件借室を明渡さねばならないことになる場合の控訴人等の蒙る苦痛と不利益も亦これを察するに難くないのであつて、原審証人石井末千代、西山季美の各証言及び原審における控訴人柴田虎三、大谷辰次郎、中村義夫(訴取下前)中野シヅ子、渡辺眞佐子、野田千代子(控訴取下前)藤垣トリ、角志奈子、宮城泰、松尾保子、戸沢義雄、松島庵、高根藤惠原審における被告浦口利雄、篠原四郎並びに当審における控訴人柴田虎三、宮城泰、渡辺眞佐子の各本人尋問の結果によれば控訴人等は解約申入当時長きは数年短くとも一年余本件アパートに居住し、ここを生活の本拠としていることを認め得るそして家屋の所有者が交替する毎にその居住者が住居の安定をおびやかされることは軽々に看過できないのみならず現在一般の住宅事情はなお深刻を極めていて適当な轉居先はたやすく入手できない状況にあるので、控訴人等が本件明渡に應じないのも無理からぬことである。然しながら前顕各証拠によれば控訴人等の世帶人員は多くても四人、すくないのは二人或は單身であつて会社勤めの人が多く、本件アパートの居室において店舗を張る等の営業をなしている人のないことを認め得るので控訴人等はアパート生活を営んでいるだけに世帶道具もさまで多くないものと推定されるし、轉居先の入手については比較的惠まれた地位にあるものといえる。又その職業からいつてもこのアパートを離れては成り立たないというものではない。このことは前記解約申入後三十五の間借人中本件控訴人等を除いた約三分の二以上のものが既にその居室を明渡して他に移轉している事実からも窺える、それで原審並びに当審証人木村賢三、秋山正孝、原審証人安河内敏雄、高士敬輔、当審証人浅尾繁一の各証言及び右高士証人の証言によりその成立を認め得る甲第一号証当審証人木村賢三の証言によりその成立を認め得る甲第二乃至第五号証を綜合して認め得べき、本アパートの前所有者木村賢三は国に賣渡すについては出來るだけ間借人に了解を求めて明渡を懇請したが間借人を立退かせることは国に本件アパートを賣渡す際の約束であるところから賣渡後の昭和二十二年六月二十五日に、同年七月中に明渡した者には移轉料二千円、特別報労金千五百円計三千五百円を、八月中に明渡した者には移轉料二千円、特別報労金一千円計三千円を、九月中に明渡した者には移轉料二千円、特別報労金五百円計二千五百円を支拂うが十月以後立退の場合にはこれを支拂わない旨通知して早期明渡に努力した事実、同年六月二十九日各間借人は木村賢三よりかねて同人に差入れていた敷金を受領した事実、控訴人角志奈子、高根藤惠、大谷辰次郎は同年七月中に熊本逓信局長宛本件アパートより立退承諾書を差入れた事実及び被控訴人国においては本件アパートより間借人を立退かせる旨の前所有者木村賢三の言を信じてこれを買受けた事実になお前記解約申入後今日まで既に二年数個月を経過している事実を参酌して考えるときは控訴人等に対する被控訴人の本件各賃貸借契約の解約申入は正当の事由に基くものと解して妨げない、而して本件解約申入に正当の事由の存するや否やは専ら本件アパートの買受人たる被控訴人について決すべきものであるから、前所有者たる木村賢三に解約申入の事由があつたか否かはこれを論ずる必要がない。

控訴人は事実摘示記載の如く憲法の規定を援用して本件解約の申入は憲法の精神をじゆうりんするものであるとし又は民法第一條の公共の福祉に反し信義誠実の原則にも反すると同時に権利の濫用であると主張する。

なるほど憲法第二十五條はすべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する、国はすべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないと規定しているがこれは国民の生存権に関する抽象的権利と、国民の生活部面における国の社会的使命に関する政治理念を宣明したもので国が事業主体として具体的に行動する場合の準則を定めたものではない。すなわち右は国の一般政策上の問題であつて個々の場合国民の側より国に対しこれに適合する措置を執るべきことを請求し得るものではないと解すべきである。もつとも国が個々の具体的の場合に右憲法の規定の精神に則つて行動することは望ましきことであるけれども、かかる一般抽象的な道徳基準のみを以て本件解約申入の当否を論ずべきではない。もしそれが本件解約の申入が公共の福祉や信義誠実の原則に反し又権利の濫用であるとの主張に至つてはこれを然らずというの外はない、本件解約の申入は何等公共の福祉に反するものにあらず又信義誠実の原則に反するものでもない、もとより権利の濫用でないこと恕説を要しない。要は本件解約の申入が右控訴人主張の如き諸点も考慮に入れて果して正当の事由に基くものと解し得べきや否やにあるところこれを考慮に入るるもなお前記認定の如き事情は以て本件解約の申入を正当の事由に基くものと解するに妨げないものである。

なお控訴人松島庵及び西山良夫は本訴提起後、本件アパートの借室より立退き現在その所在不明であること当裁判所に顕著な事実であるから右両控訴人についてはこの事実をも参酌するときはいよいよ本件解約申入が正当の事由に基くものであることを知るに足りる。

然らば本件各賃貸借契約は前記解約の申入後六個月の期間の経過によりここに消滅したのであるから控訴人等は各自その借室を被控訴人に明渡すべき義務あるものである。よつて右明渡を求める被控訴人の本訴請求を理由あるものと認め從つてこれと同趣旨に出でた原判決は相当で本件訴控はその理由がないから民事訴訟法第三百八十四條、第八十九條、第九十三條、第九十五條、第九十六條に則り主文の通り判決する。

(裁判官 野田三夫 入江啓七郎 眞庭春雄)

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